熊本浪漫街道

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2013年2月14日
by kumamotogarden
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久々に。

お久しぶりです。
 
なかなかこちらに来ることが出来ず、もう忘れられてしまったのではないだろうか?
と一抹の不安がよぎったのですが、やはりここは久々であろうと、思いついた時に来れたらそれが一番ではないか!
と自分を正当化するような思いでやって参りました。
 
 
冒頭からの雰囲気で伝わるかと思いますが、ついつい物事を斜に構えてみてしまいがちなのです。
しかしそればかりでは物事の本質と言うものは見えてきませんよね。
 
それは風俗にも言える事で、風俗には素晴らしい点がいくつもあると言います。
もちろんエロオヤジの様な目線でお伝えしてもありますが、程良くエロが好きな男性からすれば天国の様な場合が多いでしょう。
 
 
 
それは間違いなく言える事なのではないでしょうか?
 
とにかくソープなどが栄えている地域なので、多くの場合においてお店のコースなどが充実していると言えるでしょう。
何よりもお店で働いている女の子たちも積極的にプレイを楽しんでくれる子が多いですからね。
そういう意味でもたまらない魅力があるのではないでしょうか?
 
・・・なんとも抽象的な表現になってしまいましたが、こればかりは語りつくせないくらいあるのですからどうしようもありませんよね。
以前もお伝えしましたが地域性と言うのはその土地の風俗店においても色濃く出てくるものでございます。
 
やはりおもしろいものなのだと思います。
 

2012年6月5日
by kumamotogarden
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風俗と温泉

風俗と温泉はどうしてこんなにも相性がいいのでしょうね?

温泉街には必ずといっていいほど風俗街があります。熊本も阿蘇山の麓、火の国と言われるだけあって温泉がとても多いです。

 

しかし温泉街だからといって風俗のお店が集まっているというわけでもないみたいですね。あるところにはある、といった感じでしょうか。

 

温泉街の風俗というとピンクコンパニオンがありますね。温泉旅館に泊まってコンパニオンの女の子たちと遊ぶことができるというものです。

ピンクとつくからにはエッチなことを楽しむことができます。

ピンクコンパニオンにもさらにスーパーピンクコンパニオンというものもあります。これはヘルスのようなさらにエッチなサービスを受けることが出来るものです。

 

お姉さんたちはセクシー衣装で最初は登場して、ゲームなどをして宴が盛り上がってくるとどんどんはだけていくという常套手段をとります。

さらに終盤になるとお姉さんと別室へ行きえっちなあれこれを楽しむことができるというモノ。

これを考えたのはいったいどこのどんなエロオヤジなんでしょうね。

 

まあ、コンパニオンを呼ぶのは大抵は数人数での宴会とかになるので一人旅で利用することはないと思いますが。

1人で遊ぶ場合にはやっぱりデリヘルの女の子を呼ぶのがいいでしょう。雰囲気のいい旅館で恋人気分でまったり過ごせそうです。

 

あとはやっぱりスナックなどが多かったりするので裏風俗も合ったりするのかもしれませんね。未確認なのでわかりませんが。

まあ、ソープが発達している土地だと裏風俗は必要ないのであまり根付かないかもしれませんが。

2012年6月5日
by kumamotogarden
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熊本の女の子

地方で風俗へ行くとなるとその土地の女の子と遊ぶことができるのが嬉しいですよね。

地域によって女の子の特長も変わってきます。

 

熊本の女の子は渡来系と南方系の血が交じり合っているためか彫りが深くて目鼻立ちがはっきりしたきれいな女の子が多いように思います。美人が多いとも言われているので期待して裏切られることはないでしょうね。

 

古くから風俗が発展していて九州一の風俗都市だとも知られているのでわざわざ熊本まで遊びに来る人は多いみたいです。

 

2012年6月5日
by kumamotogarden
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人吉

人吉市は温泉街で有名なまちです。旅館や共同浴場がたくさんあります。

レトロな景色がとてもいい雰囲気なのですが、その中でも特にレトロな雰囲気を感じるのが新温泉という木造建築の公衆温泉です。国宝に指定してもいいのではないかと思うくらいに古い建物が銭湯として現役で活躍していることに感動せずにはいられません。

 

外観もレトロですが中にはいってもすごいです。中も全部木造です。浴槽はコンクリート造りになっています。

 

とてもいい雰囲気なので人吉にやってきたらぜひよってほしい銭湯ですね。

 

新温泉の裏側の路地にはこれまら古い建物が立ち並ぶエリアがあります。昭和な雰囲気のある飲み屋さんがあります。地元の雰囲気を感じられそうです。

 

このような古い温泉街には風俗も必ずセットになっているものです。人吉の場合には市街地の商店街に球磨川ショー劇場があります。「ヌード専門館」と書かれているのできっとストリップ劇場なのでしょう。

営業しているのかどうか疑わしいのですが、ネットで調べたところ2007年当時はまだ営業しているようです。今はどうかわかりません。お客さんも踊り子も少なくなって真面目に営業していくのは難しいでしょうね。

 

また、このビルにはかつて秘宝館も併設されていたそうです。

温泉街と言ったらストリップと秘宝館!これもなんとも昭和な感じです。この秘宝館はもうやっていません。

 

2012年6月5日
by kumamotogarden
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牛深

天草の南部にある牛深までは本渡からはバスで一時間半ほどかかります。

かつてはここ、牛深にも赤線があったと言われています。

かつてここの女性たちは本土へのあこがれが強くて本土からの男性が来るととてもあつい眼差しを送っていたと言われています。

 

 

風俗店の看板なども見かけるのですがアジア系の女性たちのお店などが目につきます。

 

地方のさびれた町といってしまえばそれまでなのですが赤線跡に加えて港町ということで独特の雰囲気を感じます。

 

潮風にさらされ続けた古い日本風の建物は独特の劣化の仕方をしていて味わい深い趣があります。

 

細い路地に入るとスナックが数軒あるのがみつけられます。むかしから使われている古い建物なのでしょうね。

 

遊郭跡の建物と思われるものもいくつかみつけえることができます。立派な塀がある建物ばかりです。これも海沿いの建物の特長ですね。

 

旧三浦屋はとても大きな建物ということがわかります。古いですがとても立派です。遊郭建築特有の中庭を囲んだ建物ということがわかります。現在はだれかが住宅として利用しているようです。

 

新銀取り坂と呼ばれる坂があります。ここは遊女たちが船乗りを見送るために登ったことから新銀取り坂と呼ばれています。

新銀とは本土からやってくる銀のこと。それを船乗りはここ牛深で遊女たちに使うことになります。なので牛深の女たちは新銀取りと呼ばれたんだそうです。

 

しかし、この坂に登るとたしかに海がきれいに開けて見えて、遊女たちが慕わしげな目で男たちを見送る姿が目に浮かぶような気がします。

 

2012年6月5日
by kumamotogarden
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天草

天草四郎の乱で知られる天草もかつては赤線がしかれていたところです。現在はスナックや飲み屋さんが点在している地域となっています。

 

本渡というエリアが一番の歓楽街です。といっても都会からやってきた人間にとってはとてもさびれている印象を受けるのですが・・・。

 

赤線の時代からあったような古めかしい日本風の家屋を改造してスナックに転用しているようなところが多数見受けられます。それが何とも言えない雰囲気を醸し出しています。

 

天草の崎津は夜這いの拠点でした。知る人ぞ知る売春の漁業集落であった過去があり、天草小唄でも暗に観光売春のことが詠われていたりします。

 

夜這いの拠点となったのは仲町公民館の青年宿。夜這いの雰囲気は昭和の中頃まで残っていたそうですが青年宿が公民館に移されて集まることができなくなってしまったそうです。

そうなると風俗に行って遊ぶことが多くなり、夜這いの文化は次第に廃れていったそうです。

 

夜這いというのは大正時代くらいまでは全国各地で行われていた習俗でした。地方の農村や漁村では高度成長期あたりまで残っていたものと言われています。

 

男性が異性の寝ているところへ忍び込んでセックスに及ぶ行為のことをいいますが、女性が夜這いを仕掛けることもあったと言われています。

忍び込むものですが強姦とは違って相手の合意があって成り立つものとされていました。

かつての共同体では一夫一妻制という観念は希薄で重婚や夜這いは当たり前のこととされていました。村の娘と後家は若衆のものと言われていることもあったそうです。

 

かつての日本の共同体のルールのひとつとして捉えられていますが西洋からの文化や考え方が入ってきてよくないこと、土俗的という考え方が一般に広まったのも廃れていった原因と考えられます。

2012年6月5日
by kumamotogarden
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キャバレー

キャバレーという言葉は今やほとんどきかれなくなってしまっています。

キャバクラというお店にその名残があるのですが、キャバレーというものはまた違った語感がありますよね。

 

八代市本町の繁華街からはずれたところにキャバレー白馬があります。とても度派手な建物です。

このキャバレーで八代亜紀が初舞台を踏んだんだそうです。当時八代亜紀は16歳だったそうです。

 

美空ひばりなんかもそうですが、昔の歌手というのは今とは違ってナイトクラブなど夜の大人の世界から羽ばたいていったのですよね。小さい頃から大人の世界をのぞくのは一体どんな気持ちがしたのでしょう。

 

キャバレー白馬は現役で活躍しているようです。ホステス募集のチラシが貼られています。

 

駐車場の「白馬専用」というのが車じゃなくて白馬を停めるところなのかと思ってしまいます。

 

キャバレー以外にも繁華街にはやっているのかいないのかわからないようなお店をいくつか見つけることができます。

新しいお店はほとんどなく、昭和から取り残されたようなお店がいくつもあります。

 

サウナや銭湯などがあるのも昔からの風俗街らしい光景ですね。

 

また、八代は河童が渡来してきた土地だと言われています。

かっぱ伝説が残っている土地というのは日本各地にありますが、八代もその内の一つです。

中国の黄河上流から海を渡ってきて球磨川河口に上陸して住み着いたといわれています。

 

そのため町の至る所に河童のオブジェや絵があるのをみつけることができます。

 

 

2012年6月5日
by kumamotogarden
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八代

県内の大きな都市以外にも風俗店が出店している地域は県内にはいくつかあります。

 

熊本県の八代市は八代亜紀の出身地として有名です。

古くから港があったため漁師町として発展してきました。

 

八代にはソープランドが一軒だけあります。その名も「松島」というお店です。のどかな球磨川の土手沿いをあるいていると見つけることができます。

 

落ち着いた佇まいですが普通のお店の雰囲気でもなく、このあたりに住んでいる子どもはきっとなんのお店なのかわからないままなんとなく大きく成長していくのでしょうね。

 

看板にはソープではなく「特殊公衆浴場」と書かれています。

 

ソープがこんな田舎町にぽつんとあるのには理由があります。

それはかつて八代には遊郭があったからです。風俗が根ざす土地柄ができていたというわけですね。

 

紺屋町の遊郭は明治7年に設置されてなかなかの盛況を見せていたようです。

戦後になると特殊飲食店が集まる地域となって明治32年の売春防止法によりさびれていってしまうことになります。

 

遊郭や赤線の雰囲気は今や殆ど残っていない田舎町ですが、唯一黄金という遊郭建築が残っています。とても立派な建物です。建物の前には自動車がとめられているのでおそらく今は誰かが住宅として利用しているのでしょう。住宅としても申し分ないとても立派な建物です。軒下の透かし彫りなど凝っていてとても美しいです。

状態がいいのでしっかり手入れがされていて大切にすまれているのでしょうね。

 

この黄金の建物の南側の路地にはレンガの塀があります。これは元は八代検番の塀だったそうです。とても丈夫そうな立派な煉瓦塀です。

 

 

2012年6月5日
by kumamotogarden
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二本木遊郭

二本木遊郭があったあたりにも現役のソープランドが一軒だけ残っています。

遊郭や赤線跡地は風俗街やソープ街となって残ることが多いのですが、ここは普通の住宅街になっていて、その中にこのソープも溶け込んでいます。一見するとちょっとした旅館かアパートか何かのように思われるのですが、しっかり「ソープランド」という看板が出ています。

 

また、二本木遊郭といったら東雲楼が有名です。ここではかつて女優たちのストライキが起きました。映画化されたりしています。

東雲楼はしばらく残っていてとても立派な歴史的な価値のある建物だったのですが、現在は取り壊されてしまっています。

 

東雲楼に並んで有名なのが日本亭です。こちらも近年取り壊されてしまって今は残っていません。日本亭は東雲楼の姉妹店であったそうです。

 

 

2012年6月5日
by kumamotogarden
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熊本のソープ

熊本は全国的に見ても珍しい土地で、なにが珍しいかというとソープ街が繁華街の中心地にあるのです。

地元の人がお買い物をするような商店街を一本入ったところに派手な建物が立ち並ぶ風俗エリアがあります。

 

普通、風俗街というと人目を避けるように裏道にあるものですが、本当に熊本の風俗はすこしも隠そうとせずに大きな通りに堂々と面しているんです。

 

ソープ街の入り口のところにはこれまた堂々とソープランドの案内板があります。特浴連会員店「ご案内図」と書かれています。

 

どうして熊本のソープ街はこんなに堂々としているのでしょうか。

これにはきっとなにか深い理由があるのかもしれませんね。

むかしからこのあたりには二本木遊郭という有名な遊郭がありました。古くから風俗街が発展した土地といえます。

それだけ根付いているものなのかもしれません。

 

また、上の人とソープ街を取り締まっている人たちが強く結びついている・・・という裏の事情も考えられますね。あまり大きな声では言えないことなのでしょうが。くまモンもびっくりです。